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水俣の歴史

環境保全に積極的に取り組む現在の水俣が歩んできた歴史をご紹介します。


水俣市は熊本県最南端にあり、西はリアス式海岸を有する不知火海に面し、北から南までの三方を九州山地の支脈に囲まれています。人口は約3万1000人、気候は温暖多雨な海洋性気候です。
 海 の 湯の児温泉と山の湯の鶴温泉、と2つの温泉を有しています。
 また、徳富蘇峰・蘆花兄弟、淵上毛錢 といった文化人を輩出しています。
 大正元年に水俣町、昭和24年に水俣市となりました。
 昭和31年に水俣病が公式確認され世界的に知られることになりました。水俣病は、工場排水中のメチル水銀に汚染された魚や貝などをたくさん食べることによっておこったメチル水銀中毒です。  水俣湾に堆積した水銀ヘドロを熊本県が14年の歳月をかけて、一部しゅんせつ一部埋立工事をおこないました。
 その埋立地が現在のエコパークです。
 エコパークには「環境と健康」をテーマに竹林園観光物産館「まつぼっくり」花の里、ソフトボール場、親水護岸などが整備されました。
 現在水俣市は水俣病を教訓に環境保全に取り組んでおり、資源循環型社会の構築を目指しています。